大坂夏の陣、樫井の戦い
スタッフブログ|2019.08.14 UP
今から約400年前、当ホテル付近で合戦が行われました。
大坂夏の陣の緒戦となった、樫井(かしい)の戦いです。
豊臣方は大野治房を主将に大坂城を出発。途中、岸和田城を襲いますが、城主の小出吉英は、祖父の秀政によって本格的な城郭へ改修された岸和田城を死守。豊臣方は貝塚寺内に陣取ることになりました。また、豊臣方後衛の大野治胤は秀頼の命を受け、堺を焼き払いました。
一方、徳川方の和歌山城主・浅野長晟は、佐野村の枝郷、熊野街道筋にある市場村に陣取ります。しかし、豊臣方を大軍と見誤り、軍議の結果、樫井川まで下がることになりました。また、紀州一揆が和歌山城を脅かそうとしていました。
豊臣方は紀州一揆と連携して徳川方を挟み撃ちにする狙いでしたが、統制が全く取れておらず、豊臣方の先鋒、塙直之・岡部則綱は先陣争いをして突進してしまいます。
1615年(慶長20年)4月29日、徳川方の亀田高綱が当ホテルが位置する安松村で殿(しんがり)を担当し、豊臣方の先鋒を樫井村へおびき出し、樫井の戦いが始まりました。
結果は豊臣方先鋒の壊滅。豊臣方本隊が樫井に着いた頃には、浅野長晟は紀州一揆を討伐するため、和歌山へ引き上げた後でした。作戦が失敗に終わった豊臣方は大坂へ退却。そして、9日後に豊臣家は滅亡しました。
樫井古戦場跡は、当ホテルから徒歩15分ほどの場所にあります。
レンタルサイクルもご用意しておりますので、ちょっとお時間ができた際に、ぜひお立ち寄りくださいませ。